エジプト旅行記 2016年 エジプト ナイルクルーズ 「 王家の谷 」 



ナイルクルーズの4日目。
今日は、クルーズのハイライト。 王家の谷と、カルナック神殿を見学します。

午前中は、王家の谷の観光。
気温が上がる前に見学が終わるよう、朝の7時に船を出発です。



うっかり寝坊をしてしまい、大急ぎで朝食をいただきます。
写真を撮る余裕もなく・・・・ 汗


船の傍に横につけた小舟に乗り移って、ナイルを横切り、西岸へ渡ります。



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なぜに 「 ヘラクレス 」 ? (笑)



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古代エジプトでは、日が没するナイル川の西岸を 「 死 」 の象徴であると見なしていたので、
人の生活する町は東の此岸に、ピラミッドに代表される墓所は西の彼岸に建設されています。



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昨日、夕日を眺めた 「 Winter Palace Hotel 」 が右手に見えます。



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西岸の船着き場で船を降り、車に乗り換えて、王家の谷に向かいます。
川の西岸は、東岸とは対照的に、本当に寂しい集落があるだけ。

車は川に沿ってしばらく走ったあと、右手の山の方角へ曲がり、木も草も一本も生えていない、白く乾いた山の奥へ延々と進んでいきます。

王家の谷は、人目につかない隠れた場所にあると聞いていましたが、こんなにも町から隔離された場所だとは。
車がなかった当時、どうやって人や資材を運んでいたのか、想像もつきません。

迷路のような山間の道をうねるように走って、30分ほどで王家の谷の入口に到着しました。
王家の谷には車が入れないので、ここで3両連結の電動トロッコに乗リ換えて、お墓のある場所まで登ります。
王家の谷は、お墓の内部も、付近の風景も、敷地全体が写真撮影禁止です。


午前中だというのに、白い岩山の上は、既に猛烈な暑さ。
軽く40℃越え (笑)


世界的な観光地とあって、王家の谷は朝から大勢の観光客で賑わっています。
極暑の夏場は、頑張って早起きしてくるのが正解のようです。



「王家の谷」

ナイルの西岸、切り立った山の奥深くに、現在、由来が確認されているだけで、62基のお墓が見つかっています。
エジプトの新王国時代、世界一の超大国として栄華を極めた500年間。 その時代のファラオや王族の墓所です。

王家の谷に最初のお墓を造ったのは、エジプト王国の領土を、古王国よりもさらに大きく拡張した名将 「 トトメス1世 」。 しかし当時、古王国時代のピラミッドのような巨大なお墓を持つことは、どんなに偉大なファラオでさえも、もはや叶わない夢でした。 そこで代替案として、ピラミッドの替わりに、山頂が尖ったピラミッド型の山の中腹にお墓を掘ることにしたそうです。 そえにしてもアブシンベルやカルナックのような大神殿を建設した新王国でさえ建設不可能だったピラミッドを、新王国よりも1000年以上も昔に建設したエジプト古王国って・・・・  



今回は、「 セティ1世 」、「 ラメセス6世 」、「 ツタンカーメン 」 の3か所のお墓を見学しました。

王家の谷のお墓は、狭い急こう配、心臓破りの階段を、何百メートルも下りていかなければなりません ( もちろん帰りは上って )
40度を超える酷暑のなかでは、3か所が限界です (笑)

「 セティ1世 」、「 ラメセス6世 」のお墓は、王家の谷の中でも白眉の美しさ。
この2箇所は必見なので、それに加えて、興味のあるファラオのお墓を1か所、見学なさることをお勧めします。



王家の谷のお墓、素晴らしかったです !  
感動した ! ( © 純一郎 )

間違いなく、今回の旅で一番のクライマックスでした。

お墓の内部は、当時の鮮やかなペインティングが、ほぼそのままの状態で保存されています。
鮮明でビビッドな色彩。 遺跡の歴史的な価値だけでなく、現代のインテリアとして眺めても参考になるお洒落なデザイン。

古代エジプトの町が、こんなにもカラフルに彩られていたのかと想像するだけで、夢と幻想が大きく広がります。



「 セティ1世 」 は、巨大な建築おたくラメセス2世のお父王。 新王国が最も華やかだった時代のファラオです。
少しオレンジがかったミモザのような可愛らしい黄色を基調とした内装は、我が家にも一部屋欲しくなるようなフェミニンなテイスト。

「 ラメセス6世 」 のお墓は、ロイヤルブルーを基調にした神秘的なペインティング。 
こんな内装のスパがあったらいいな、と思うような心安らぐ空間です。

「 ツタンカーメン 」 のお墓は、規模はあまり大きくないのですが ( 見学にはちょうどいいサイズ 笑 )、62基のお墓の中で最後に発見されたので、保存状態が良く、内部も破壊されずに残っています。 そして実際のお墓を目にすることで、カイロの考古学博物館にあるツタンカーメンの部屋が、より興味深く現実味を持って楽しむことができました。




王家の谷の後は、王家の谷を建設した職人たちの村 「 デイル・エル・メディーナ 」 を見学。

墓の盗難を恐れ、王家の谷の存在場所が他に漏れることのないよう、王家の墓の建設に従事した世襲制の職人たちは、高い塀で囲まれた集落の中に幽閉され、交代制で王家の墓まで移動して働いていたそうです。 村から王家の谷までの移動も、目隠しをしてお墓の場所がわからないようにしていたそう。 谷底にある村を取り囲む尾根の山腹には、職人たち自身のお墓も掘られているのですが、王家の谷のお墓に比べると、とてもコンパクトで生活感に溢れ、親近感がわくものでした (笑)



職人の村の後は、ラメセス3世の葬祭殿を見学。

王家の谷の場所は極秘で誰に知らせることもできなかったので、王家の谷へ墓参する代わりに、亡くなったファラオを祀り参拝するための葬祭殿が建設されました。 面白いのは、新しいファラオが即位すると同時に、ファラオの死んだ後のための葬祭殿を建設し始めていたそうです。



ラメセス3世の時代に、エジプトは「海の民」の攻撃を受けたので。 第一塔門は、要塞のように堅固な造りになっています。



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捕虜を棍棒で打つラメセス3世



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門も奥行きが厚く頑丈です。



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第二塔門



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プトレマイオス朝時代に建設された神殿と比べると、ずいぶんと太い柱。



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第二中庭
ここで軍隊の観閲や、レスリングの試合が奉納されたそうです。



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列柱室、参拝殿の跡。



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帰り道に、「 メムノンの巨像 」 にも立ち寄りました。

アメンホテプ3世の葬祭殿の門前に建てられた、アメンホテプ3世の座像だけが残っています。

今は跡形もありませんが、葬祭殿はカルナック神殿に匹敵するくらいとても巨大な葬祭殿だったそうです。 
葬祭殿の石材は全て持ち去られ、建材としてリサイクルされたそうです。



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これにて午前の観光終了。 

やっと船に戻ってきました~



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今日のお昼は・・・ (笑)


ホタテのサラダ



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何かのチャウダー



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フィッシュ & チップス



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シーフード・スパゲッティ



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ご飯をいただいて一休みしたら
最後の観光地、カルナック神殿へ出発です。



つづく


by nonaetamu | 2017-01-23 15:24 | エジプト | Comments(0)